シャンゼリゼの雪が止む日まで葵(あおい)は想像もしていなかった。翻訳資格を取って最初に回ってきた仕事が、夫の加賀涼(かが りょう)がかつての初恋相手に送った、九十九通のラブレターを訳すことだなんて。
パソコンの画面には、感情があふれたフランス語が並んでいる。たった数枚の手紙なのに、その重さに、葵は手を持ち上げることさえできなかった。
涙がキーボードに落ちるたび、あの言葉が胸の奥でもう一度、焼けるように突き刺さった。
【優衣、どれだけ遠くにいても、夜空の月みたいにずっとお前を見守っていたい。
パリに初雪が降る日は、お前と歩いたシャンゼリゼ通りを思い出す。それだけで胸が熱くなる。
三年経ったら、絶対に帰ってきて。ずっと待ってるから】
今日は本当なら、涼と葵の結婚三周年の記念日だった。
そして、涼が莫大な費用をかけて招き入れた「チーフデザイナー」の正体は、 まさにあの荒木優衣(あらき ゆい)だった。
かつて、葵から海外留学のチャンスを奪い取った、あの女――